2008年11月アーカイブ

日記を書く習慣を忘れそうなブランクのまま11月が終わろうとしている。

『父の詫び状』読了。思いつくままに書いているようでいながら、実は周到に物語が構築されているエッセイだった。彼女の文才に感心しながらも、読者をじわーっと感動させる挿話のいかに多い人生であったことか。そして、詳細に描くことのできる記憶力。

そろそろ買い置きの文庫本がなくなってきた。

金曜日はクラスの懇親会。陽気で気のおけない受講生が多いクラスなので楽しい会だったけれど、酔いつぶれた受講生が二人ほど。アシスタントの T さんにまかせて帰宅す。どうなったのだろうか。

二日酔い気味でだるい土曜日。溜まっている仕事をこなす。日曜日は川村記念美術館でモーリス・ルイスの最終日。大げさに言えば、これを見逃しては僕の抽象表現主義に対する執着は終わらない気がするので、万難を排して見に行く予定。朝5時に起床できるのだろうか?

朝から作業をして、休憩の合間に『父の詫び状』を少しずつ読む。そしてまた作業。それだけの休日。

蕭条として石に日の入る枯れ野かな

仕事で疲れている時に限ってギターを弾きたくなる。自分の力量というのは自分が一番よくわかっているつもりだけれど、ぶっちゃけて言えば僕は自分でイヤになってしまうほどギターがヘタクソなのだ。昨日紹介した(通称)HTRさんなんかは、すげーなぁって素でリスペクトしてしまう。あんなに自由に弾けたらさぞかし気持ちいいだろうなと思う。

だけれども、十代からずっとこの年になるまでギターと戯れていたせいで、もともとあまり好きではない超絶テクでハードなギターでも、例えばスティーヴィー・サラスのギターはけっこう好きだけどスティーヴ・ヴァイとかイングウェイは嫌いとか、自分の好みにひどくうるさくなってしまっているのも事実。

絵も同じで、言ってみればスーパーリアルの絵(イラストでもいいけど)なんてのは、要するにメタルの超絶速弾きのソロをありがたがってるだけのようにも思える。

ところが不思議なもので、文章表現のうまさというのは、主題とかあまり関係なくいとも簡単に感動してしまうのだ。村上春樹の小説を貶している 2ch のスレでも、彼の文章の表現力だけは褒めている書き込みがけっこうあって、さもありなんと思ってしまう。向田邦子もかなり凄い。

自分が拘っている分野とそうじゃない分野での価値判断というのはずいぶん違うものなのだろうなと思ったのだった。

明日から4連休だが、すべて自宅で作業。早くこのトンネルから抜け出したい。

知人の B 氏の日記を見つけて懐かしくなった。結局ネットの情報で、読んでて一番楽しいのは知人の日記だったりする。

『メタル布教活動として Mr. Crowley のギターを弾いてみた』という YouTube の動画を見て、原曲が聴きたくなった(すでに布教活動に取り込まれている!)。

実際に聴いてみるとランディー・ローズよりも、むしろミニスカで SG を弾いている場違いな女子(?)の演奏の方が面白かったりして、ああ、やっぱり僕はメタルが嫌いなんだなと再認識しただけだった。まあ、オジー・オズボーンがメタルなのかどうかはよくわかりませんが。

キャロル・キングと SMAP。以前 SMAP の歌唱に激怒したという某ギタリストはキャロル・キングに比べるとまったく大人げないよなあ。(キャロルからみれば)かわいい男の子たちと、一緒に和気あいあいに自分の歌を歌うことが、まるで楽しそうではないですか。

向田邦子『父の詫び状』(文春文庫)を読み始める。これはじわじわくるなあ。

日常の仕事とは別に、なかなか終わらない仕事を2本抱えて、自分はいくつかの作業を同時にはできない人間だと思い知る。そんなわけで作業は遅れ気味。しかも最近不眠症っぽい。

オムライスは昔から得意なメニューだったけど、半熟のふんわり玉子をナイフで切って振り分ける、洋食屋風のアレを初めて作ってみる。しかも味付けはケチャップではなくデミグラスで。また一歩野望に近づいた...。

自分はデタラメな人間なので、今までの人生でずいぶん挫折を味わってきているけれど、身近な人がくじけている時には、結局何も助けることができない。

 さうして見ると、昨日あの大きな石を用もないのに動かさうとしたのもその浮標の重りに使ふ心組からだったのです。おまけにあの瀬の処では、早くにも溺れた人もあり、下流の救助区域でさへ、今年になってから二人も救ったといふのです。いくら昨日までよく泳げる人でも、今日のからだ加減では、いつ水の中で動けないやうになるかわからないといふのです。何気なく笑って、その人と談(はな)してはゐましたが、私はひとりで烈(はげ)しく烈しく私の軽率を責めました。実は私はその日までもし溺(おぼ)れる生徒ができたら、こっちはとても助けることもできないし、たゞ飛び込んで行って一緒に溺れてやらう、死ぬことの向ふ側まで一緒について行ってやらうと思ってゐただけでした。全く私たちにはそのイギリス海岸の夏の一刻がそんなにまで楽しかったのです。そして私は、それが悪いことだとは決して思ひませんでした。

『イギリス海岸』宮沢賢治

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も、萌え?

週末は自宅で作業。土日を通じてもっと気温が低ければ雪になりそうな天気。こういう寒い曇天は北海道を思い出す。

「車が売れないので半額で販売 → 売れない 通常価格に戻して1台買うともう1台プレゼント → 爆売れ」というスレで「おれらも二人一組にすれば結婚できるんじゃね?」という馬鹿馬鹿しいレスを見つけて、こういう明るく自虐的なギャグが2ちゃんねるの魅力だと思ったり。

土曜日に吉祥寺の本屋で書籍を探しているとオバマ氏の自伝が目立つところにディスプレイされていた。商魂たくましい。そういえば妹も知人も大統領選挙について(やや)興奮気味にブログに綴っていて、それに比べると自分はアメリカにも政治にもまるで興味がないということをつくづく思い知る。

吉祥寺から西荻まで徒歩で帰ってみる。たまには散歩もよい。山茶花が咲いていた。というか、その花が山茶花ということを教えてもらうまで知らなかったのだけれど。

「デヴィ夫人オフィシャルブログ」が最近面白くて、ついに Google リーダーに登録してしまう。僕にはとうてい書けない。

自宅に着いて仮眠して作業。なかなか難しくて寝たのは午前2時過ぎ。また寝不足。

先日古本屋で内田百閒『東京焼盡』と一緒に高野悦子『20歳の原点』を買ってしまい、今読むのは辛いかもと思いつつ読んでみたら、思いのほか心を打たれた。20年以上前に読んだ時に感動した箇所を今でもいくつも憶えていて泣きそうになる。

リスペクトのない人間関係は空しい。

元受講生の K くんが講演に来てくれた。立派な講演だった。終わってから一緒に馬場で飲み。気づいたら日付が変わっていた。楽しい飲みだった。

ドメインの更新を忘れていて数日間 yasunao.net が使用できなくなっていた。去年もそうだった。相変わらず学習していない。